免疫染色の活用例 その1
~ 猫伝染性腹膜炎 (Feline infectious peritonitis; FIP) ~
免疫染色は、知りたい物質(抗原)が細胞や組織中に存在するかどうかを調べる検査です。ここでいう抗原とはタンパク質であり、DNAやRNAや無機物質(例:微量金属)を調べる検査は別にあります。免疫染色では、抗原を認識する抗体を組織や細胞に反応させ(抗原‐抗体反応)、さらにこの反応が顕微鏡を使って見えるように化学反応によって発色させます。免疫染色の正式名称は「免疫組織化学 Immunohistochemistry」といいますが、「組織に生じた免疫反応を化学的手法で見る」という意味だとお分かりいただけるでしょう。
疾病診断で免疫染色が使われるのは、腫瘍細胞の性質を知りたいとき(腫瘍の元となったのはどんなタイプの細胞か)や、病原体の有無や種類を知りたい場合などです。これによってより正確な診断を得て、適切な治療法の選択や予後判定に役立てます。免疫染色はこのように重要な検査ですが、病理医が行なうオタク的な検査というイメージがあり、有用性についてはあまり広く知られていないようです。これから何回かに分けて、免疫染色が診断に威力を発揮する例のほんの一部をご紹介させていただき、よりよい診療のお手伝いができればと考え ております。
例1:猫伝染性腹膜炎(FIP)の診断
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猫コロナウイルスによって引き起こされるこの疾患は、発生頻度自体は高くありませんが、致死率は非常に高いと言われています。すなわち、根本的な治療法が存在しない疾患です。猫医学で最も重要な疾患の一つですので詳細は成書に譲りますが、FIPは診断が難しい疾患の代表例のように思われます。その主な理由は、臨床徴候が多様であることと、FIPを起こすコロナウイルスが、宿主にほとんど害を及ぼさない「猫腸管コロナウイルス」の突然変異によって生ずるからです。もし同じ患者さんの体内に害の少ないウイルス(突然変異前)と致死的なウイルス(突然変異後)が並存していても、現行の検査ではこれらを完全に区別することが� ��きません。また、同じFIPでも、感染した猫の免疫系において液性免疫が優位か細胞性免疫が優位かによって、それぞれウェットタイプとドライタイプと呼ばれる異なる臨床像を呈します(混合型も存在します)。このため、FIPの診断は、多くの状況証拠を積み上げて総合的に行なっているのが現状です。
FIPの細胞診
FIP罹患猫の胸水や腹水は、典型的には以下のようなものです。
図A.FIP症例の腹水細胞診。直接塗抹。
- 高タンパク >3.5g / dl
- 細胞数が少ない(2,000 ~ 6,000 / μl)
- 60 % 以上が変性のない好中球
このデータからは、変性漏出液あるいは浸出液と判断されます。図Aにおいて、背景が好酸性微細顆粒状であること(タンパク濃度が高いことを示唆)や、変性のない好中球がわずかに存在することに注目してください。このとき、遠心分離する「前の」直接塗抹標本を評価することが重要です。
FIPの際にこのような性状の胸水・腹水が見られるのは、ウイルス抗原と宿主抗体の複合体や、ウイルスに感染した単球/マクロファージが、血管壁を傷害し、血管壁に開いた隙間から低分子のみならず高分子のタンパク質までもが血管外に漏出するからであると考えられています。また、細菌や異物が原因の胸膜炎・腹膜炎とは違って、FIPの際には炎症の原因が胸腔や腹腔内に存在するわけではない ため、炎症の程度は軽い傾向があります。
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しかしながら、この細胞診の結果は必ずしもFIPに特異的、言い換えれば、この所見をもって100%FIPと診断していいというわけではありません。細胞診以外の種々の検査についても同じことが言え、FIPの診断に限りなく近づくことはできるものの、確定診断には至りません。
FIPの病理検査
FIPの鑑別診断には、FIPと同等あるいはより厄介な悪性腫瘍(例:リンパ腫)も含まれるでしょうし、FIPと違って根治や制御が期待できるかもしれない他の疾患の可能性(例:膵炎、細菌感染)もあります。確定診断を得て治療方針を決定したい場合は、「百聞は一見に如かず」と言われるように、診断的開腹術が有効です(� �ちろん、患者さんの体調や、ご家族のご意向など、考慮すべき要因をクリアーした上で検査します)。
発熱と食欲不振が続き、上述したような腹水が貯留していた若い猫の診断的開腹手術の際には、腸間膜リンパ節と肝臓に数個ずつ、最大で2mm大の大小様々な腫瘤が形成されていました。下の図Bは、手術で採取したリンパ節病変を、顕微鏡高倍率で見た像です。
図B.FIP症例の化膿性・肉芽腫性リンパ節炎(腸間膜リンパ節)。いくつかのマクロファージを矢印で示す。HE染色。黒いバーは20μm。
リンパ節の既存の構造を不明瞭化するように、多様かつ多数の炎症細胞が浸潤しています。腫瘍を疑わせるような、同じ形態の細胞の一様な増殖は認められません。炎症に参加している細胞の大半はマクロファージと� ��中球で、リンパ球や形質細胞も少数認められます。別の部位では壊死も見られました。肝臓の腫瘤状病変も、概ね同じ所見を示していました。激しい炎症が起こっていることはわかりましたが、このような細胞の組成(化膿性・肉芽腫性炎症)の場合、コロナウイルス以外にも真菌、抗酸菌、異物などが原因として考えられます。そこで、真菌や抗酸菌などを組織化学染色(いわゆる特殊染色)で除外診断した上で、猫コロナウイルスに対する免疫染色を行ないました。
図C.FIP症例の化膿性・肉芽腫性リンパ節炎(腸間膜リンパ節)。抗FIPV抗体、DAB発色。黒いバーは20μm。
あるバイコディンとオキシコドン同じ
すると、炎症細胞のうちマクロファージだけに、しかも全てのマクロファージではなく一部の細胞だけに、特異的な反応が起こりました(図Cで、こげ茶色に見えるのが陽性反応)。免疫染色では、標的とする抗原の有無がわかるだけでなく、組織内のどこに(どの細胞に)抗原が存在するのかも同時に明らかになるのが大きな特長です。コロナウイルス抗原がマクロファージの細胞質に限局しており、しかも化膿性・肉芽腫性炎症を背景としてこれらの陽性像が見られたことから、この症例はFIPであると確定診断して差し支えないと思われます。
免疫染色のレパートリー
弊社では以下の表に示すような抗体を用いて免疫染 色を実施しています。有用な検査ではありますが、有料で、稀に判定に苦慮する結果が出る(確定診断ができない)こともあります。免疫染色の適用の判断や最適な抗体の選択には、個々の症例における病理診断医と主治医との密な連携が必要と考えております。ご不明な点は、弊社まで遠慮なくお問い合わせください。
抗体名 | 主な陽性細胞(多くの場合、腫瘍化した細胞も陽性) |
Vimentin | 間葉系細胞 |
Cytokeratin AE1/AE3 | 上皮系細胞 |
Desmin | 横紋筋(骨格筋、心筋)、平滑筋 |
Skeletal myosin | 横紋筋 |
Smooth muscle actin | 平滑筋 |
S100 | 神経膠細胞、メラノサイト、軟骨細胞、脂肪細胞 |
Neuron specific enolase | 神経細胞、神経節細胞、多くの神経系腫瘍細胞 |
Chromogranin A | 多くの神経内分泌系腫瘍細胞 |
Calcitonin | 甲状腺傍濾胞細胞(C細胞) |
Thyroglobulin | 甲状腺濾胞上皮細胞 |
Somatostatin | ソマトスタチン産生細胞 |
Glucagon | グルカゴン産生細胞(膵島α細胞) |
Insulin | インスリン産生細胞(膵島β細胞) |
CD3 | Tリンパ球 |
HM-57 (CD79a) | Bリンパ球 |
CD18 | 全ての白血球(特に組織球、樹状細胞) |
Lysozyme | 組織球、顆粒球(好中球など) |
c-KIT | 肥満細胞、腸管カハール細胞(GISTの起源) |
MUM1 | Bリンパ球(とくに形質細胞) |
CAM5.2 | 肝細胞、尿細管上皮細胞 |
E-cadherin | 皮膚ランゲルハンス細胞 |
CD31 | 血管内皮細胞 |
Factor VIII-related antigen | 血管内皮細胞 |
Melan A | メラノサイト、精巣間質細胞、卵胞、副腎皮質 |
PNL2 | メラノサイト |
FIP | 猫コロナウイルス(フェレットのコロナウイルスも交差) |
Feline herpes | 猫ヘルペスウイルス |
(注)免疫染色は弊社米国検査所(テネシー州)にて実施しているため、検査のご依頼から結果のご報告までに最長2週間程度を要しております。ご迷惑をおかけいたしますが、何とぞご理解を賜りますようお願い申し上げます。
末尾になりましたが、検査標本を使わせていただいた病院様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
参考文献
・Technical Aspects of Immunohistochemistry (review article), J. A. Ramos-Vara, Vet Pathol 42:405–426 (2005)
・The Merck Veterinary Manual 9th ed. (on-line version http://www.merckvetmanual.com)
文責:三井 一鬼(アイデックス ラボラトリーズ株式会社 検査サービス 解剖病理診断医)
注意:この情報は獣医師向けに書かれたものです。一般の飼い主様がこれを基に判断することは避けてください。
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